英語の順位が落ちたのは、間違いなく瑠駆真のせいだ。そうに決まっているっ!
瑠駆真だけじゃないっ 聡だって――――
これ以上彼と、いや彼らと関わって、さらに成績を落すような事態は招きたくない。
もともと美鶴にとって、瑠駆真も聡も、煩苛な存在だ。
今日だって、朝から帰りまでコラーユや石榴石の女子生徒たちに、さんざん嫌味を言われた。からかわれた。
そもそも、ヤツらは本当に私のコトが好きなのか?
今だに頑として認めようとしない、聡や瑠駆真の恋心。
認めたくない―――
振り払うように瞳を閉じ、ゆっくりと腰を下ろした。机を叩いた際に乱れた筆記用具を手に取り、ふと顔をあげる。
明日から、ここには来ない。
そう思うと、ワケもなく胸が苦しくなる。
なぜだろう?
霞流からは、平日のみに管理を依頼されている。
当初は、学校への登校と下校時に立ち寄って管理することを前提としていた為、学校へ行かない日は今まで通り、霞流家の木崎という老人が開錠と施錠に訪れる。
明日からは、木崎がここを管理することになる。
今さら、そんなの理由にはならないんだけどな………
チロリと上目で天井を見た。
それまで暮らしていた下町のアパートが火事で全焼し、瑠駆真の提供してくれた高級マンションで暮らし始めた美鶴。
居住場所が移動したことで、学校へ通うルートも変わった。この駅舎は、登下校のルート上には、存在しなくなった。
なのに美鶴は、わざわざ定期を買ってまで、毎日ここへ通っている。
「そこまで、しなくても良いのですよ」
そう電話で霞流に言われたが、美鶴は管理の続行を申し出た。
「卒業まで、管理すると約束しましたから」
ならば、駅舎までの交通費はこちらで出しましょうという霞流の申し出は、半ば強引に断った。
なぜだが、とても後ろめたさを感じた。
なんだろう?
美鶴にはわからない。
駅舎の管理を続けることが、とても醜いことのように感じる。
卒業まで管理すると約束したんだから、こっちの都合でそれを放棄するワケにはいかない。
そうだよっ それに木崎さん、毎日二回もここに通ってくるなんて、大変だよ。
そう言い聞かせながらも、どこかで何かがひっかかる。
そんな美鶴の姿は、瑠駆真の瞳にはどのように映ったのだろうか? どんな想いで、あんな言葉をかけたのだろうか?
「そんなに、この場所が好きなの?」
瑠駆真の言葉には、少し嫌味のような含みがあった。美鶴はひどく、腹が立った。
心の奥を見透かされたような気がする。
瑠駆真はいつもそうだ。
冷静に、沈着に、的確に物事を見極め、見透かす。美鶴はそのたびにうろたえ、嘘をつくことも言い負かすこともできない。
そうやって瑠駆真は、私を翻弄して楽しんでいるのだ。
そう思うと、また腹の底から怒りが湧き上がってくる。
ときどき思いもよらないタイミングで暴走することもあるが、基本的に瑠駆真という人物は、身も心も自制心でできている。美鶴は、そう思っている。
学校でも駅舎でも、いつも物腰柔らかで異性には優しく、同性にも常に謙虚さを失わない。
それを気に喰わないと陰口を叩くヤツらもいるようだが、非がないので表立っては叩けないといったところだろうか?
常に公平さも気にかけているようで、故に足の引っ張り合いが当たり前の唐渓において、弱者扱いされやすい立場の生徒からも、わりと大きな支持を受けている。
なにより、女子生徒から受ける圧倒的な人気の前には、男子生徒はなす術もないといったところだろう。異性の上級生からも好意を抱かれているようで、それが強みにもなっている。
そのような瑠駆真に、蔑まされる人間の痛みなど、わかるワケがない。
美鶴には、初対面時の記憶がない。
瑠駆真の過去を知らない美鶴にとって、瑠駆真とはそのような人物だ。
気に入らないっ!
頭を振り、目の前の教科書へ視線を落す。
いいさっ 瑠駆真になど、分かってもらおうなんて思わないっ! だがっ 私の周囲を荒らしたり穢したりするのは、許さないっ!
これが今の私なのだっ 昔のコトなど、関係ない。
自分を蔑む輩を、一人残らず踏みにじってやるっ
そうして―――っ
美鶴は、小さく息を吸った。
そうしてその後、自分はどうするのだろう?
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